2009-01-15 Thu 03:37
「大丈夫です、誰も聞いていない。私しか聞いていません。そのままだと貴方の眉間の縦皺、取れなくなりますよ」
「思ったより優しげな言葉遣いすんなよ。余計怪しいぞお前」
「優しい男は嫌いですか」
「嫌いだな」
「私は優しくない女性は好きですがね」
「…そっちかよ」
「でも女性の悲鳴が一番好きです」
「ひとまず通報していい?」
「…どうして、呼び止めたんですか。こんなところに」
「こんなとこはねェだろ。施術室だ。血の匂いとかは大丈夫だろう?」
「それだけが理由じゃないでしょう? 虹子(にじこ)さん。今は抉るのは、貴女の仕事じゃない」
その金髪の男はそう言うと、俺の持っていた元絵ラフの紙束をがさりと奪い取り
「私の 仕事だ」
白く光って見えない眼鏡の奥で、その男の目は笑っていた。
全身のあの痣に沿って、熱が流れた気がした。
シュッ と、ドアのスライドする音。
「虹子さん、僕の青いソーサー知りませ…」
セラエノが硬直した。
あの野郎、だからいっつもノックした方が精神衛生的に悪くないと言ってるのに。
壁を背にした女と、その耳元に顔を寄せている男。
どう考えてもセラの教育上良くない。俺のアホ。
「………お邪魔でしたか」
「お邪魔ですね」「むしろ邪魔してくれ」
俺の方が遅かった。
「虹子さん、アリッサさんが今日の茶葉の銘柄を早く決めて欲しいって。あと拓人さんが、あとでスコーンを持ってきてくださるそうですよ」
そしてセラは明らかに男に向けて、片目で、あくまで片目で微笑んだ。
「ゆっくりしていってね!!」
再びシュッという軽い音。扉が閉まった。
勘弁してくれ。
色々。
「おお、こわいこわい」
男が肩をすくめる。
そのまますくめすぎて死ね。
「やれやれ、なんというテンプレ展開。私は『またの機会にしましょう。今日は退散します♪』とでも言えばいいんですかね♪」
「…呼び止めんじゃなかった…」
「ほう覚えてた。そう、呼び止めたのは貴女だ。どうします、続きはWEBでしますか?」
「呼び止めなかったことにしてくれ」
男は眉を上げる。
ふうん、という顔だ。長い前髪と眼鏡の奥の目は、相変わらず見えない。
「いいですよ。じゃ、次は施術をお願いしていいですか」
「………試し彫りすんぞ」
「あっは、あの梅の柄の方もそうだったかな」
「あいつ知ってンのか」
「強(こわ)いお人ですからね」
「…悪かった。また会おうぜ。二度と会わないかも知れねえが」
「私がセラ君に塵殺されない限りは、また会うでしょうよ」
そう言って男は出て行った。
俺は何を言おうとしたんだろう。
さして縁も深くない、遠い知り合いの知り合いみたいなあの男に。
眼鏡を外す。
…結局、俺は自分から外へ出て行かないくせに、誰かに相手にして欲しいだけなんだな。
くだらねえ。実にくだらねえ。
俺の世界は、俺の視界はつまり、この二枚のガラスに映るこれだけ。
これだけだ。
身長を無駄に高くするブーツに脚を突っ込み、きつく縛り上げる。
音を立てて両足を床に突き刺すと施術室を出た。
「セラ!拓人が来る前にソーサー買いに行こうぜ! アリッサ、俺アッサムティーがいい!ミルクね!!」
肌に刻まれた記憶なんぞ、レーザー程度じゃ消えやしねえ。
誰かに聞いて欲しいと甘えるより先に、脳を空にして次の記憶を補給しろ。それで生きていける。
「虹子さん、施術室にあった青い絵具皿なんですけど」
「ん?」
「あれ、僕のソーサーだと思うんですよね…」
「え」
「そして結構高かったんですよね…」
その日、脳の代わりに財布が空っぽになった。
「思ったより優しげな言葉遣いすんなよ。余計怪しいぞお前」
「優しい男は嫌いですか」
「嫌いだな」
「私は優しくない女性は好きですがね」
「…そっちかよ」
「でも女性の悲鳴が一番好きです」
「ひとまず通報していい?」
「…どうして、呼び止めたんですか。こんなところに」
「こんなとこはねェだろ。施術室だ。血の匂いとかは大丈夫だろう?」
「それだけが理由じゃないでしょう? 虹子(にじこ)さん。今は抉るのは、貴女の仕事じゃない」
その金髪の男はそう言うと、俺の持っていた元絵ラフの紙束をがさりと奪い取り
「私の 仕事だ」
白く光って見えない眼鏡の奥で、その男の目は笑っていた。
全身のあの痣に沿って、熱が流れた気がした。
シュッ と、ドアのスライドする音。
「虹子さん、僕の青いソーサー知りませ…」
セラエノが硬直した。
あの野郎、だからいっつもノックした方が精神衛生的に悪くないと言ってるのに。
壁を背にした女と、その耳元に顔を寄せている男。
どう考えてもセラの教育上良くない。俺のアホ。
「………お邪魔でしたか」
「お邪魔ですね」「むしろ邪魔してくれ」
俺の方が遅かった。
「虹子さん、アリッサさんが今日の茶葉の銘柄を早く決めて欲しいって。あと拓人さんが、あとでスコーンを持ってきてくださるそうですよ」
そしてセラは明らかに男に向けて、片目で、あくまで片目で微笑んだ。
「ゆっくりしていってね!!」
再びシュッという軽い音。扉が閉まった。
勘弁してくれ。
色々。
「おお、こわいこわい」
男が肩をすくめる。
そのまますくめすぎて死ね。
「やれやれ、なんというテンプレ展開。私は『またの機会にしましょう。今日は退散します♪』とでも言えばいいんですかね♪」
「…呼び止めんじゃなかった…」
「ほう覚えてた。そう、呼び止めたのは貴女だ。どうします、続きはWEBでしますか?」
「呼び止めなかったことにしてくれ」
男は眉を上げる。
ふうん、という顔だ。長い前髪と眼鏡の奥の目は、相変わらず見えない。
「いいですよ。じゃ、次は施術をお願いしていいですか」
「………試し彫りすんぞ」
「あっは、あの梅の柄の方もそうだったかな」
「あいつ知ってンのか」
「強(こわ)いお人ですからね」
「…悪かった。また会おうぜ。二度と会わないかも知れねえが」
「私がセラ君に塵殺されない限りは、また会うでしょうよ」
そう言って男は出て行った。
俺は何を言おうとしたんだろう。
さして縁も深くない、遠い知り合いの知り合いみたいなあの男に。
眼鏡を外す。
…結局、俺は自分から外へ出て行かないくせに、誰かに相手にして欲しいだけなんだな。
くだらねえ。実にくだらねえ。
俺の世界は、俺の視界はつまり、この二枚のガラスに映るこれだけ。
これだけだ。
身長を無駄に高くするブーツに脚を突っ込み、きつく縛り上げる。
音を立てて両足を床に突き刺すと施術室を出た。
「セラ!拓人が来る前にソーサー買いに行こうぜ! アリッサ、俺アッサムティーがいい!ミルクね!!」
肌に刻まれた記憶なんぞ、レーザー程度じゃ消えやしねえ。
誰かに聞いて欲しいと甘えるより先に、脳を空にして次の記憶を補給しろ。それで生きていける。
「虹子さん、施術室にあった青い絵具皿なんですけど」
「ん?」
「あれ、僕のソーサーだと思うんですよね…」
「え」
「そして結構高かったんですよね…」
その日、脳の代わりに財布が空っぽになった。


